農政:TPPを考える
【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(1)2016年2月4日
(株)農林中金総合研究所取締役基礎研究部長清水徹朗氏
◎TPPの背景と交渉経緯
◎今回の合意結果
・高い関税撤廃率
・主要品目の合意内容
政府はTPPを「21世紀型のルールの構築」としているが、多くの農産物の関税撤廃に合意しており、日本農業にとって非常に厳しい合意結果であり、冷静な分析が必要である。政府は昨年11月に「総合的なTPP関連政策大綱」を決定し、農林水産業に関しては「攻めの農林水産業への転換」「経営安定・安定供給のための備え」を行うとしているが、農業者の不安、懸念を解消するには至っていない。昨年末に政府が公表した農林水産業への影響試算も含めて、日本農業にどんな影響があるのか、農林中金総研の清水徹朗部長に分析してもらった。
◆TPPの背景と交渉経緯
最初に、TPPの背景と交渉経緯を再確認しておきたい。
戦後の世界(主に西側先進国)の貿易秩序はGATTのもとで運営されてきたが、GATTは戦前の経済ブロック化への反省から、特定の国・地域を差別的に扱わないという「最恵国待遇」を基本原則としており、FTA、関税同盟などの地域的枠組みは限定的に認めているのみであった。日本もGATT加盟(1955年)以降、この原則に従って自由貿易協定は締結せず、90年代前半に進んだEU統合深化(マーストリヒト条約)やNAFTA結成などの世界の地域主義的な動きを批判・牽制し、89年に発足したAPECはFTAや関税同盟ではなく「開かれた地域協力」だと主張してきた。
しかし、ソ連崩壊以降、EUが中東欧諸国とFTAを締結するとともにメキシコともFTAを締結し、WTOに加盟したばかりの中国がASEANとのFTA締結の方針を打ち出すと、日本もそれまでの方針を転換し、2000年頃からFTAを推進するようになった。その結果、現在までにアジア諸国を中心に15の国・地域とFTAを締結した。
一方、米国は、NAFTA締結直後に中南米も含めたFTAA(米州自由貿易圏)を提案し、一旦は合意したものの、その後南米で反米左派政権が多く誕生してFTAA構想は空中分解した。また、WTOドーハラウンドで投資、競争、政府調達等を交渉議題に乗せようとしたが、途上国の反発を受けて挫折した。その後、米国は成長するアジアを取り込もうとアジア諸国とのFTA交渉を開始したが、韓国とは締結に至ったものの他の国とは成功せず、APEC全体のFTA(FTAAP)の提案も他の国の賛同を得られなかった。
こうしたなかで米国が次に打ち出してきたのが、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイという4か国のFTA(06年発効)を拡大したTPPであり、10年4月に交渉が開始された。交渉開始と同時に日本にも参加の打診があったと考えられ、菅首相が交渉参加の意向を表明したが、多くの批判・懸念があり、横浜で開かれたAPEC首脳会議(同年11月)では参加表明はできなかった。翌11年3月に東日本大震災が発生したためTPP論議は一時中断したが、同年11月に野田首相はTPP交渉参加に向けて関係国との協議に入ることを表明した。
さらに、第2次安倍政権発足(12年12月)直後の13年3月に、日本はTPP交渉への参加を表明し、米国の手続きを経て同年7月より交渉に参加した。そして、15年6月の米国議会でのTPA法成立を受けて、10月5日に大筋合意に至った。
(注1)新しいTPA法は、一般には「貿易促進権限法」と訳されているが、「Trade Priorities and Accountability Act」であり、議会が貿易交渉権限を大統領に与えてはいるものの議会に強い権限を残している。
◆今回の合意結果
大筋合意の直後に甘利大臣(TPP交渉担当)の会見が行われ、その後農産物に関する合意内容が数回に分けて発表された。TPPは、政府が「21世紀型の新たなルールの構築」というように交渉分野は知的財産権、投資、金融、政府調達、競争政策など21分野に及び、TPP協定は全30章の膨大なもので、農産物関税はそのうちの1章(物品貿易)の一部に過ぎない。
農産物については、「原則関税撤廃」という当初の懸念からすれば、米、麦などは国家貿易を維持しそれなりに例外を確保したという見方もできるが、多くの品目の関税撤廃を約束し、日本農業にとって極めて厳しい合意内容になった。
農産物に関する合意結果を整理すると、以下の通りである。
・高い関税撤廃率
日本の関税撤廃率は95.1%であり、うち工業品は100%、農林水産物は81.0%である。日本のこれまでのFTAにおける関税撤廃率は86~88%で、うち農林水産物の撤廃率は46~59%であったが、今回の合意はそれを大きく上回る撤廃率である。
また、交渉参加に当たって、衆参両院の農林水産委員会で「重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること、十年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」との決議が行われたが、重要品目についても3割近い品目の関税撤廃に合意し、今後、国会決議との整合性が問われることになろう。
・主要品目の合意内容
米
米は、これまでの国家貿易とミニマムアクセス(MA)の枠組みは維持したが、現行のMA枠(77万t)とは別に米国、豪州に国別輸入枠(当初5万6000t、13年目7万8400t)を新設する。また、既往のMAの中に米国、豪州に中粒種・加工用限定の国別枠(6万t)を設定する。さらに、米粉調製品の関税について、一定の輸入実績のある品目については5~20%削減、輸入量が少ないか関税率が低い品目については撤廃する。
小麦・大麦
小麦・大麦とも現行の国家貿易の枠組みは維持するが、マークアップ(政府が輸入の際に徴収している差益)を9年目までに45%削減する。
小麦は、米国、カナダ、豪州にSBS方式の国別輸入枠(当初19.2万t→7年目25.3万t)を設定する。また、小麦粉調製品も国別のTPP枠(当初4万t→6年目6万t)を設定し枠内関税を撤廃する。さらに、ビスケット、クッキーの関税を撤廃し、マカロニ、スパゲティの関税率を60%削減する。
大麦は、TPP枠(当初2.5万t→9年目6.5万t)を設定し、麦芽は現行の関税割当数量の範囲内で米国、豪州、カナダに対して国別枠(当初18.9万t→11年目20.1万t)を設定する。
牛肉
現在の関税率は38.5%であるが、これを初年度27.5%に引き下げ、16年かけて9%まで削減するとともに、輸入が急増した場合のセーフガード(発動基準は当初59万t、16年目73.8万t)を設ける。また、牛タン、コンビーフ等の関税を撤廃する。
豚肉
差額関税の適用範囲を縮小し、従量税を現行の482円/kgから当初125円/kg、10年目に50円/kgに引き下げる。また、輸入価格が基準価格を上回った場合に適用される従価税(現行4.3%)を初年度2.2%に引き下げ、10年後に撤廃する。さらに、ハム・ベーコン(8.5%)、ソーセージ(10%)の関税を6~11年後に撤廃する。
乳製品
特定乳製品(バター、脱脂粉乳)の国家貿易を維持するが、民間貿易のTPP枠(当初6万t、6年目7万t)を設定し、その枠内関税を削減する。また、ホエイの国別枠を設け、枠内関税を11年で撤廃し、枠外関税も21年目に撤廃する。プロセスチーズの関税は維持するが、ナチュラルチーズの一部(チェダー、ゴーダ)の関税を16年かけて撤廃し、フローズンヨーグルトや乳糖、カゼインの関税も撤廃する。
砂糖・でん粉
砂糖は、高濃度原料糖(98.5~99.5%)を無税化して調整金を削減し、新商品開発用の試験輸入に対して無税・無調整金の輸入枠500tを設ける。また、加糖調製品、キャンディ、チョコレートについてTPP枠を設定し、関税率を削減する。
でん粉は、既存の関税割当数量の範囲内でTPP枠を設定するとともに、特定のでん粉等(コーンスターチ、バレイショでん粉、イヌリン)について国別輸入枠を設定し、でん粉誘導体の関税を撤廃する。
その他の品目
小豆、いんげん、こんにゃくいも、パイナップル缶詰は関税割当が維持されるが、枠内関税は撤廃する。小豆、いんげんは枠外関税が維持されるものの、こんにゃくいも、パイナップル缶詰の枠外関税は削減される。
また、鶏肉・鶏肉調製品の関税を6~11年目に撤廃し、鶏卵の関税を6~13年目に撤廃する。野菜・果実類はほとんどの関税を撤廃し、関税率が比較的高かったトマト加工品(16~29.8%)、オレンジ(16%、32%)、りんご(17%)の関税も撤廃される。
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(2)」へ続く。
(関連記事)
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