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農政:TPPを考える

【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(2)2016年2月4日

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(株)農林中金総合研究所取締役基礎研究部長清水徹朗氏
◎TPPの影響

 昨年末に政府が公表した農林水産業への影響試算も含めて、日本農業にどんな影響があるのか、農林中金総研の清水徹朗部長に分析してもらった。
 この章では主にTPPの影響について述べられている。またTPPの影響が大きいと考えられるいくつかの品目について詳しく読むことができる。

◆TPPの影響

 TPP参加を巡る議論が起きるなかで、農林水産省は10年11月に、TPPによって関税が撤廃されると日本農業の生産額は4兆1000億円減少し、食料自給率は14%に低下するとの衝撃的な試算を発表した。
 さらに、TPP交渉参加後の13年3月には、TPP参加12か国に限定した政府統一試算を発表し、関税撤廃による農業生産額の減少を2兆6600億円と推計した。今回のTPP合意は、重要品目について国家貿易の枠組みと二次関税を一定程度維持したため、この試算ほどの影響が出ることはないと考えられるが、これまで国内農業を守ってきた関税の多くが撤廃・削減されるため、輸入増大と価格低下によって日本農業に大きな影響を与えるであろう。
 TPPの日本農業・食品市場への影響を整理すると、以下の通りである。

(1)輸入増大と国内農業縮小
 関税が撤廃・削減されるため、国産品に対する輸入品の競争力が高まり、輸入が増大して国内農業が縮小することが予想される。
(2)農産物価格低下
 輸入品価格が関税率の削減分だけ低くなるため、輸入品と競合する国産農産物の価格も低下する。ただし、価格低下の程度は輸入品と国産品の競合度に依存し、野菜・果実等の生鮮品では影響が軽微な品目もあろう。
(3)農業者の意欲減退
 農産物価格の低下によって農業経営が悪化し、農業者の高齢化と世代交代も相まって離農する農家が増大することが予想される。その一方で、ブランド化、差別化、コスト削減に成功した経営体のなかには、規模拡大をさらに進めるものも出てくるであろう。
(4)食品市場の競争激化と業界再編
 日本の食品市場は人口が減少しているため全体として縮小傾向にあり、そのなかで輸入が増大すると競争が激しくなり、食品業界の再編が進展する可能性がある。
(5)食品企業のグローバル展開の進展
 国内需要が縮小するなかで、海外市場の獲得を目指した食品企業のグローバル展開が加速し、M&Aや資本参加などの動きが増大するであろう。その一方で、日本市場に対する外国資本の参入も増加することが予想される。
(6)食品安全基準、食品表示のルール変更
 政府は、今回のTPP合意によって日本の食品安全基準や表示制度が変更させられることはないと説明しているが、これまで米国は「年次改革要望書」でたびたび日本の制度改革を求めてきており、今後もTPPに盛り込まれた「規制の整合性」の条項等に基づいてルール変更が求められる可能性がある。
(7)限定的な農産物・食品輸出増大
 TPPでは相手国の関税も撤廃されるため、日本の農産物・食品の輸出が増大する可能性が高まり、政府はこの点を特に強調し「攻めの農業」として輸出拡大を政策の柱に掲げている。しかし、日本の農林水産物の輸出先は香港、台湾、中国、韓国で過半を占めTPP参加国の割合は小さく、TPPによる輸出増大の効果は限定的である。また、輸出している「農産物」の7割近くは加工食品や産物であるため、輸出増大が日本農業に寄与する部分は小さい。

 次に、TPPによる影響が大きいと考えられるいくつかの品目について、もう少し詳しくみると、以下の通りである。


 米国、豪州に対して追加設定した輸入枠(13年目7.84万t)の米は、今後、主に外食産業で使われ、一部はスーパーの店頭に並ぶ可能性がある。政府は、この輸入枠設定が国内の米需給に影響を与えないようにするため政府備蓄米(現在100万t)の回転期間を5年から3年に短縮することにより対応するとしているが、その対策をとったとしても輸入米が国内の主食用米市場に出回ることの影響は無視できない。また、米粉調製品、米加工品の関税も撤廃・削減されるため、これらの輸入が増大して国内の米需給に影響を与えるであろう。

小麦・大麦
 小麦・大麦の輸入の際に政府が課しているマークアップを45%削減するため、その分、製粉会社等が政府から買い入れる輸入小麦の価格が低下し、それに連動して国産小麦・大麦の価格も下落する。また、国内対策の財源が減少するため、国内生産を維持するためには一般会計から新たな財源を確保する必要がある。さらに、小麦粉調製品・加工品の関税が撤廃・削減されるため、これらの輸入が増大し国内の小麦粉需要が減少することが見込まれる。

牛肉TPP合意と日豪EPAの牛肉関税比較
 牛肉は、日米牛肉・オレンジ交渉の結果、91年より輸入自由化し、当初75%であった関税率はウルグアイラウンドによって現行の38.5%になった。TPPではこれが初年度に27.5%、16年目に9%に低下するため、輸入牛肉の価格が低下し輸入が増大することが見込まれる。特に、輸入牛肉と競合する乳雄、交雑種(F1)に対する影響が大きい。セーフガードが設けられたが、発動基準は現在の輸入量(14年52万t)に比べて高水準であり、また今後牛肉需要の大幅な増加が見込まれないことを考えるとセーフガードはほとんど機能しないと考えられる。また、牛肉価格が低下すると子牛価格が低下するため、子牛を供給している酪農の販売収入が減少し酪農経営を悪化させる。
 一方、近年日本の牛肉輸出が伸びており、TPPでは米国が日本からの牛肉輸入に無税枠(当初3000t、15年目6250t)を設定し、カナダ、メキシコが牛肉の関税を撤廃するため、日本からのこれらの国に対する牛肉輸出が増大する可能性がある。しかし、14年の牛肉輸出量は1400tで輸入量(52万t)の0.3%に過ぎず、牛肉輸出が関税削減による輸入増のマイナスを補うことにはならない。
 (注2)肉用の子牛の供給のうち約5割は酪農部門から供給されており(乳雄、F1、)、子牛の販売収入は酪農経営の販売収入全体の8%を占めている。

豚肉
 ウルグアイラウンドでは、輸入価格と基準価格の差額を税金として徴収する豚肉の「差額関税制度」が実質的に残ったが、現実の豚肉輸入では高級部位(ヒレ、ロース)と低級部位(ウデ、モモ等)を組み合わせて基準価格で輸入するコンビネーション輸入が一般的になっており、差額関税を払っている輸入業者はほとんどいない。TPPによって差額関税の適用範囲が狭まり従量税が大きく低下し、従価税(現在4.3%)も撤廃される。そのため、従量税を払っても低級部位を輸入する業者が出てくる可能性があり、また従価税の削減によって輸入豚肉の価格が低下する。また、ハム、ソーセージ、ベーコンの関税が撤廃されるため、これらの輸入が増大するであろう。

乳製品
 バター、脱脂粉乳については、これまでの国家貿易、二次関税は維持されるものの、民間貿易枠が設けられるため、国内需給がひっ迫した際に機動的な輸入が行われる可能性はあるが、関税率引下げによって輸入が恒常化する懸念もある。また、ホエイの関税が撤廃されるため、一部競合する脱脂粉乳の需給に影響を与える可能性がある。さらに、一部のチーズの関税が削減・撤廃され、そのほか多くの乳製品の関税が削減・撤廃されるため、牛乳全体の需給に影響を与える。

砂糖・でん粉
 高糖度粗糖の無税化は既に日豪EPAで合意したことであるが、調整金の削減によって輸入粗糖の価格が低くなる。また、加糖調製品、チョコレート、キャンディなどの関税も削減・撤廃されるため、これらの輸入が増大して日本の砂糖需要全体が減少する。でん粉については、一部の品目について関税が撤廃・削減されるものの、その影響は限定的であろう。

オレンジ(みかん)
 オレンジの関税が撤廃されるため、オレンジの輸入増加、価格低下が見込まれる。温州みかんはオレンジとは完全に代替的ではないが、オレンジの消費量が増大すればみかんの購入量や価格にも影響を与え、ぽんかん、夏みかんなど他のかんきつ類にも影響を与えるであろう。

【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(3)」へ続く。

同記事前半にあたる記事は以下から。
【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(1)

 

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