農政:TPPを考える
【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(3)2016年2月4日
(株)農林中金総合研究所取締役基礎研究部長清水徹朗氏
◎今後の見通しと課題
・米国議会での承認が鍵
・農家の不安は解消せず
・他のFTA交渉に影響
・国会で徹底した審議を
昨年末に政府が公表した農林水産業への影響試算も含めて、日本農業にどんな影響があるのか、農林中金総研の清水徹朗部長に分析してもらった。
この章では今後の見通しとして米国議会での承認や他のFTA交渉への影響などについて読むことができる。
◆今後の見通しと課題
・米国議会での承認が鍵
大筋合意の1か月後の15年11月5日に、米国オバマ大統領はTPP署名の意向を議会に通知し、同時に合意文書が公表された。米国では「90日ルール」によって署名が可能なのは議会に通知してから90日後であるため、TPPの署名式は2月4日の予定であり、その後、各国が批准手続きをとることになる。
TPPの発効条件は、(1)全ての加盟12か国が批准、(2)署名後2年間に12か国の批准ができなかった場合は、GDPの85%以上を占める6か国の批准、であるが、交渉参加12か国のGDPのうち米国が60.4%、日本が17.7%を占めるため、日米の2国が批准することがTPP発効の不可欠の条件となる。
米国では今後、国際貿易委員会による分析レポートが作成されることになっており、また関連法案も作成する必要があるため、議会審議が開始されるのは4月以降になると見られている。しかし、米国は今年(16年)11月に大統領選があり、有力大統領候補であるクリントン(民主党)やトランプ(共和党)をはじめ多くの議員がTPPに反対しており、米国議会が今年中にTPPを批准するのは難しい状況にある。そのため、米国のTPP批准は新大統領が就任する17年1月以降になる可能性が高く、その時点での議会の勢力分布や新大統領の意向によっては、米国がTPPの再交渉を求めてくることもあり得る。
日本でも今年7月に参議院選挙があり、政府・自民党はTPPをめぐる農業者や地方の不安、不満が選挙に及ぶことを懸念しており、日本の批准手続きは米国の動向を見ながら対応していくと考えられる。
・農家の不安は解消せず
大筋合意を受け政府はTPP総合対策本部を設置し、15年11月25日に「総合的なTPP関連政策大綱」を取りまとめた。その主な柱は、(1)中堅・中小企業等の海外展開の支援、(2)経済再生・地方創生の実現、(3)農林水産業支援、(4)その他必要な支援(食の安全・安心、知的財産等)であり、これらはいずれもTPP交渉参加を巡って懸念されたことである。
農林水産業については、「攻めの農林水産業への転換(体質強化対策)」と「経営安定・安定供給のための備え(重要5品目関連)」の二本柱であり、「攻めの農林水産業への転換」に盛り込まれたのは競争力強化と輸出増大など「農林水産業・地域の活力創造プラン」の内容であり、「経営安定・安定供給のための備え」の内容は既往の制度の拡充が中心である。
この「政策大綱」は、TPPに対する農業者の不安・不満を緩和させるための緊急対策という面が強く、盛り込まれた対策は重要5品目が中心で野菜や果実などの対策はほとんど盛り込まれていないし、重要品目の対策も酪農対策は不十分である。また、これまで安倍政権で進めてきた「農業成長産業化」「輸出増大」が中心に据えられており、今回発表された政策の内容では農業者の不安を解消するものにはなっていない。政府は「政策目標を効果的、効率的に実現するという観点から、定量的な成果目標を設定し進捗管理を行うとともに、既存施策を含め不断の点検・見直しを行う」としているが、今後、農業生産を支えるためのより根本的で本格的な検討が必要になるであろう。
・他のFTA交渉に影響
日本は、現在、TPP以外にEUとのEPAやRCEP(東アジア地域包括的経済連携協定、ASEAN+6の枠組み)、日中韓FTAの交渉も行っており、TPP合意を受けてこれらの他のFTA(EPA)の交渉が加速化する可能性がある。
日EU・EPAは、TPP参加表明とほぼ同時期の13年4月に交渉が開始され、これまで14回の交渉が行われている。TPPが発効すれば、デンマーク、オランダ、イタリアなど日本に豚肉、乳製品、パスタ、トマト加工品を輸出しているEU加盟国において、日本とのFTAの早期締結を望む声が強まるであろう。また、RCEPと日中韓FTAは、12年11月に交渉開始が宣言され、これまでRCEPは10回、日中韓FTAは9回交渉が行われたが、TPP合意はこれらの交渉にも影響を与えるであろう。
また、TPP合意を受け、タイ、インドネシア、フィリピン、韓国などTPP交渉に参加していないアジアの他の国もTPP参加に関心を示すなど、TPPが今後アジア太平洋地域の他の国にも広がっていく可能性がある。
・国会で徹底した審議を
TPPは米国主導の交渉であり、過度の「秘密主義」であったため、「異常な契約」(ジェーン・ケルシー)、「亡国」(中野剛志)との批判を受け、このため合意は困難で、一時は交渉全体が漂流するとの見方があったが、粘り強い交渉の結果、今回合意に至った。
経済のグローバル化が進展するなかで、各国の制度・規制を調整する必要性は理解できるし、これまでもWTOで国際ルールの調整が進められてきた。TPPはWTO以上のルールを盛り込んでおり、政府はTPPを「21世紀型のルール」としているが、国民生活にも大きな影響を与える協定であるためTPPに対する国民理解の深化が不可欠である。
しかし、大筋合意後に発表された政府の説明文書は概略のみで、しかもその内容はかなり偏りのある説明になっている。また、合意文書の翻訳(一部)が行われたものの十分な分析・検討は行われていない。米国では国際貿易委員会による分析レポートの作成が義務付けられているし、TPA法の中には「議会との協議を条件とする」、「要請があればいかなる議員とも会合をもつ」、「機密扱いの資料を含む関係資料を提供する」、「米国法と矛盾するどの条項の適用も効力を持たない」という条項がある。これに比べると、日本では国民や国会議員に対する説明が不十分であり、国会審議も始まっていない段階で国内対策のみが先行している状況は問題である。
今年に入ってようやくTPPに関する国会審議が始まったが、TPPは日本の農業や経済、国民生活に対する影響を分析・評価し、批准しない、あるいは再交渉を求めることも含め十分な検討を行う必要があろう。
(注3)WTOにおいて関税以外の分野が重要になっており、ウルグアイランドにおいて、サービス貿易(GATS)、知的財産権(TRIPS)、投資(TRIM)に関する協定が成立した。
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(4)」へ続く。
同記事前半にあたる記事は以下から。
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(1)」
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(2)」
(関連記事)
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