農政:TPPを考える
【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(4)2016年2月4日
(株)農林中金総合研究所取締役基礎研究部長清水徹朗氏
◎政府影響試算の問題点
・結論ありきの過小評価
◎試算の方法
・生産量は本当に減少しないか?
・価格低下の試算は妥当か?
◎政府試算の問題点
昨年末に政府が公表した農林水産業への影響試算も含めて、日本農業にどんな影響があるのか、農林中金総研の清水徹朗部長に分析してもらった。
この章では政府の発表した影響試算額についての問題点や価格低下の試算について再検証などを行っている。
◆政府影響試算の問題点
・結論ありきの過小評価
政府は昨年(平成27年)12月24日にTPP協定の「農林水産物への生産額への影響について」を公表した。それによると、TPPによって農林水産物の生産額は1300億円~2100億円減少し、うち農産物は878億円~1516億円減少するとしている。これは農業生産額(2014年、8兆3639億円)の1~2%程度であり、TPPの影響は限定的だということになる。政府は13年にはTPPの農業への影響額を2兆6600億円と試算していたのであり、今回の試算はそれに比べると非常に小さい。この試算は妥当なものであろうか?
◆試算の方法
試算の対象は関税率10%以上かつ国内生産額10億円以上の19品目、対象国は日本以外のTPP参加国11カ国であり、これは13年に行った試算と同じである。
まず、生産量については、重要品目は国家貿易と枠内関税が維持され、体質強化対策による生産コストの低減・品質向上や経営安定対策などの国内対策をとるため、TPPによっても国内生産量は維持されると想定している。
一方、関税削減・撤廃に伴う輸入農産物価格低下によって国産農産物の価格も低下するとしている。その影響額を推計するため、品目ごとに「輸入品と競合する部分」と「競合しない部分」の2つに分け、「競合する部分」は関税削減相当分の価格が低下し、「競合しない部分」は競合する部分の価格低下率の2分の1の割合で価格が低下すると想定している。ただし、品目によっては品質向上や高付加価値化によってさらにその半分の価格低下を見込んでいる。
・生産量は本当に減少しないか?
今回の合意では、確かに重要品目は国家貿易と枠内関税が維持されたものの、一部品目の関税を撤廃・削減し、重要品目以外はほんとんどの品目の関税を撤廃している。それにもかかわらず、生産コスト削減や品質向上、経営安定対策によって国内生産量は本当に維持できるであろうか?
関税が削減・撤廃されれば国産品に対して輸入品の価格競争力が増すため、輸入量が増え、その結果、国内生産が縮小するというのが常識的な考え方である。
もちろん努力すれば生産性や品質が向上して輸入品に対抗できる品目もあるかもしれないが、それは努力目標、政策目標であって影響分析ではない。この試算自体が、大きな影響が出るとして生産者に不安を与えないようにという指示のもと、結論ありきで役人が作成したものであり、現実にTPPが発効すれば輸入が増え国内生産量は減少する可能性が高い。
また、日本では人口減少によって食料需要の縮小が見込まれており、その中で国内生産量が維持されるということは、輸入が増えるどころか減ることになる。しかし、これはTPP合意そのものを否定することになりかねない。なぜなら米国やNZ、豪州は日本への輸出が増えるからTPPに合意したのであって、輸出が増えないということならこれらの国はTPPを批准しないであろう。
・価格低下の試算は妥当か?
この試算では、生産量は維持されるものの、関税の削減・撤廃によって輸入品の価格が低下するため国産品の価格も低下するとしているが、その試算結果が妥当であるかを、主要品目について検討してみよう。
牛肉
牛肉の関税率が38.5%から9%に低下するため(29.5%の削減)、輸入価格は150円/kg低下するとしている。
その結果、ホルスタイン種の価格が75円~150円/kg(▲8~▲17%)低下し、和牛・交雑種はホルスタイン種と品質格差があるため価格下落率は半分の▲4~▲8%であるが、和牛・交雑種の価格が高いため93円~187円/kgの価格下落を見込んでいる。牛肉全体では、牛肉生産減少額は311億円~625億円で、生産額(5940億円)の5~11%の減少率を見込んでいる。
この牛肉の影響試算は「比較的まとも」で妥当な試算であると考えられるが、内蔵や加工品等の関税撤廃の影響が含まれていないことが問題である。
豚肉
豚肉は従量税が50円/kgになることから、これまでほとんどなかった従量税部分の輸入が1割程度になり、従来と同様の分岐点価格での輸入が9割になるとしている。その結果、関税引き下げによる輸入品の価格低下を43円/kgと推計し、銘柄豚以外はその半分の価格低下(22~43円、▲4~▲7%)、銘柄豚はさらにその半分の価格低下(13~26円、▲2~▲4%)を見込んでいる。
豚肉の生産減少額は169億円~322億円となり、これは生産額(6331億円)の3~5%にあたる。しかし、ハム、ソーセージ、ベーコンの関税撤廃の影響は反映されていない。また、加工用豚肉は輸入品の割合が大きいものの3割程度は国産を使用しており、その分を輸入品が奪うことになれば国内の豚肉生産は減少するだろう。
牛乳乳製品
牛乳乳製品の輸入価格は関税削減によって生乳価格換算で7円/kg下がり、その影響で生クリーム等は4~7円/kg(▲5~▲9%)、バター・脱脂粉乳は4~7円/kg(▲6~▲10%)下がると見込んでいる。チーズは国産との抱き合わせ対象のチェダー・ゴーダチーズは30円/kg(▲57%)と大きく下がるが、それ以外は4~7円/kg(▲8~▲13%)の低下にとどまるとしている。その結果、全体で約198億円~291億円の生産減少額であり、これは生乳生産額(6967億円)の3~5%にあたる。
この試算において、ホエイや練乳、アイスクリームなどが含まれているかどうかは不明である。また、脱脂粉乳・バターの輸入増によって脱脂粉乳を原料とする加工乳の価格が低下すれば、飲用乳の需要が落ちる可能性もあり、飲用乳価格の引き下げ圧力となるが、この試算では飲用乳への影響については一切考慮していない。
加工用トマト
加工用トマトは、関税削減相当分の価格下落を17円/kgとしている。しかし、この試算ではトマトケチャップとトマトソースへの影響しか見ておらず、トマト加工品(原料で30万t程度)のうち0.7万t(2%)しかカバーしていない。つまり、ほとんどのトマト加工品には影響がないという試算になっている。しかし、例えば国産トマトジュースは輸入品とは差別化されているとはいえ、輸入品の価格低下の影響をある程度は受けると考えるべきだろう。
かんきつ類
オレンジ(生果)の季節関税16円/kg、32円/kgが撤廃されるが、その影響を受けるのは極早生みかんと中晩柑の一部のみであるとし、極早生みかんは8~16円/kg(▲3~▲7%)下落し、中晩柑は12~24円/kg(▲5~▲10%)下落すると試算し、生産減少額は約21億円~42億円としている。
しかし、32%の関税が撤廃されれば、みかんからオレンジに需要がある程度シフトするであろうし、生産減少額がこの程度でとどまるとは考えられない。また、他の果実の関税撤廃の影響があるだろう。
りんご
りんご(生果)の輸入価格は35円/kg下落し、国産りんごの価格は18円~35円/kg(▲6~▲12%)下落するとしているが、7月出荷分(8000t)しか影響を受けないとし、生産減少額は1~3億円と試算している。しかし、これも過小評価である。
鶏肉・鶏卵
鶏肉の輸入価格は23円/kg下落し、その結果、冷凍品は12円~23円(▲3~▲5%)、冷蔵品は6円~12円(▲1~▲3%)下落するとしている。
しかし、この試算では業務用・加工用のみに影響があるとし家庭用には一切影響しないとしている。確かに国産品は輸入品と差別化されているが、関税撤廃で輸入品の価格が安くなれば輸入鶏肉が量販店の店頭に並ぶ可能性はある。また、業務・加工用が安くなれば唐揚げなど惣菜が安くなり、鶏肉としての購入が減ることも考えられる。
鶏卵の輸入価格は16円/kg下落し、その影響で業務・加工用の一部が8~16円/kg(▲4~▲8%)、一部差別化できるものは4~8円/kg(▲2~▲4%)価格が下落すると試算している。しかし、この試算では輸入冷凍・乾燥液卵の使用は一部に限られるとしている。
◆政府試算の問題点
政府試算の問題点を整理すると、以下の通りである。
(1)生産量の減少を無視している
これは既に指摘した通りであり、「生産量維持」というのは、政策目標、努力目標を掲げたに過ぎない。
(2)全品目をカバーしていない
試算の対象としている19品目の生産額の合計は6兆8000億円であり、1兆6000億円程度が対象からはずれている。そのほとんどは野菜(加工用トマトを除く)だと考えられるが、野菜の関税(3%程度)が撤廃され、カバーしていない品目の生産額が2%低下しても320億円減少することになる。
(3)品質差を根拠に影響ゼロとしている品目が多い
みかん、りんご、鶏卵など、品質差を根拠に影響ゼロとしている部分を多くとっているが、何らかの影響があると考えるのが妥当であろう。
(4)加工品の影響を軽視・無視している
ハム、ソーセージ、スパゲティや小麦粉調製品、加糖調製品など加工品の影響がほとんど考慮されていない。
◇ ◇
こうした点をふまえると、TPP協定の農産物への影響は、実際には政府試算の2~3倍に及ぶと考えられ、5000億円程度の生産額減少ということも十分ありうるだろう。また、TPPが発効すれば、生産者の意欲が減退する可能性があり、それを考慮すれば生産減少額はさらに大きくなる可能性がある。
また、今後、タイ、インドネシアなどがTPPに参加すれば影響はさらに広がるし、RCEP、日中韓FTA、日EUFTAが発効すれば関税削減・撤廃の影響はより大きなものになるだろう。
同記事前半にあたる記事は以下から。
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(1)」
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(2)」
「【解 説】TPP協定は日本農業にどう影響するのか?(3)」
(関連記事)
・安全・高品質の農産物で活路 TPPをバネに インタビュー 自民党農林水産戦略調査会長 西川 公也 氏(1)(16.02.03)
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・【TPP】「米」も1100億円減少-鈴木教授が独自試算(16.01.15)
・【TPP】牛肉、豚肉、乳製品-長期的には影響懸念(15.11.05)
・政府の意図が明確すぎるTPPの影響再試算(15.12.29)
・TPP 「自由化」という「仕組みの競争」(15.12.25)
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