◆両国に「拒否権」なし
メキシコとカナダに送付された書簡が報道されている。それは以下のような内容だ。
▽現行の交渉参加9か国がすでに合意した条文はすべて受け入れる。
▽将来、ある交渉分野について9か国が合意した場合、両国は「拒否権」を持たず、その合意に従わなければならない。
▽米国議会への通告から90日までの期間に9か国が合意した内容はすべて受け入れる。
▽両国はまだ妥結されていない分野では交渉できるが、交渉分野の追加や削除はできない。
今後、どのような手続きが行われるのか。
米国は両国を交渉参加させるため、交渉開始日の少なくとも90日前に大統領が議会に対して書面で通知することになっており(いわゆる90日ルール)、これは近日中に行われる見込みだ。
通知の前後に米議会で通商問題を所管している上院財政委員会や下院歳入委員会などと協議が行われる予定だが、下院歳入委員会のキャンプ議長は両国の参加承認に対して「メキシコの参加は米国の雇用主、労働者、農業者に多くの恩恵をもたらす」、「喜んでカナダをTPP交渉へ招待する」、「太平洋地域において米国の強い経済基盤を築き対中国との均衡を保つためにTPPは不可欠」などと歓迎の意向を表明している。
とはいえ正式承認には90日を要するため、両国は7月2日からのTPP第13回会合、9月上旬に予定されている第14回会合には、オブザーバーとしても参加できないという。現時点で参加のタイミングは合意目標期限である12月の会合と見られている。
したがって、冒頭に紹介した参加条件にあるように、この間に9か国が合意したことを両国は受け入れるしかないということになる。かりに12月で本当に妥結するのであれば交渉参加はかたちばかりで最終合意を丸飲みするしかないということにもなる。
◆大統領と業界の思惑
カナダの農業保護政策には「供給管理制度」がある。
この制度は国内需要分に見合う出荷数量を生産割り当て(クォータ)として設定、そのクォータを州別のマーケティング機関を通じて生産者ごとに割り当てることによって、市場の供給量を調整し価格水準を維持するもの。
対象品目は酪農と家きん(鶏肉、鶏卵、七面鳥など)で、制度の実効性を確保するため、関税割当制度とそれを超える輸入には鶏肉の場合で250%という高率の二次関税を課している。
カナダの交渉参加について米国の酪農業界団体からは、「カナダは乳製品の供給管理制度を改革しなければならない」、「米国産乳製品の完全な市場アクセスに対処しない協定を乳製品業界は絶対に支持しない」といった発言が出ている。
これに対し米通商代表部(USTR)の報道官は「カナダは乳製品、鶏肉を含むすべての関税を撤廃するという目標を支持している」と発言しているが、カナダ政府は具体的な言及はしていない。
カナダはどう自国の農業を守れると判断したのかは不明だ。ただ、オバマ大統領はカナダとの事前協議で、交渉参加後に供給管理制度の改革で一定の成果が上げられ、米国内にもその成果を大統領選でアピールできると判断したため、同国の交渉参加を認めたとの政治的思惑も指摘されている。
その一方で、米国は物品貿易についてすでにFTAを締結している国とは再交渉しないという方針を堅持。牛肉、乳製品、砂糖で市場開放を求める豪州の要求にまったく譲歩しておらず、ニュージーランドに対しては、国営企業から民営化したフォンテラ社が原料乳の90%を扱っているとして、米国と同じ競争条件ではないと乳製品市場の開放を拒否している。関税撤廃が原則といいながら米国は自国の農業は保護するというダブルスタンダードをとっているのである。
◆事態急転の可能性も
一方、日本に対してはとくに自動車分野で厳しい条件を突き付けている。
米国自動車業界は日本の参加に強硬な反対運動を活発化させている。TPPを所管する下院歳入委員会のレヴィン野党筆頭理事は日本の参加について「自動車分野を含めた非関税障壁を撤廃する具体的成果を参加前に示さなければならない」と自動車分野の規制等の見直しを「入場料」として要求している。
また、共和党大統領候補のロムニー氏も日本のTPP参加には現時点では反対だと伝えられている。オバマ大統領とロムニー氏は世論調査で支持率が拮抗しており、再選をめざすオバマ大統領は支持層である自動車業界が納得できる交渉条件にしないと再選にも影響することになる。
こうしたことから自動車分野での事前協議が米国にとって非常に大きな関心事項だが、日本政府は情報を一切開示していない。
ただ、米国が改善を要求しているとされる排ガス規制や税制などの6つの事項のうち、いくつかでも米側が納得する回答を示し、そうすることでオバマが大統領選を有利にできると考えるなら、事態が急展開する可能性も否定できないとJA全中は分析している。もちろんそのような政府判断は国民的議論をするとの約束に違反する国民への背信行為であることはいうまでもない。政府の動きに一層の注視が必要な情勢だ。
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