JAの活動:農業協同組合に生きる―明日への挑戦―
【インタビュー・JA全中奥野長衛会長】「対話」こそ組織の力2017年7月20日
・時代の変化を見据え
・協同組合の価値追求
就任以来、全中の奥野会長は情報公開と対話が組織の力を強めると強調してきた。農業と農協の姿をどう描き、どう作りあげるか、役職員それぞれが時代の変化を見据えて自らの力で考えることが地域と組織の活性化につながると期待する。聞き手は田代洋一横浜国大名誉教授。
◆協同組合は事業
田代 農協改革とTPP交渉がほぼ決着するなか会長に就任され日本の農業・農協の大転換の舵取りにあたった2年間だったと思います。この間を振り返って次に引き継ぐべき課題をお聞かせいただきたいと思います。まずご経歴では大学時代に生協活動をされていますが、これがその後の農協人としての活動にどう活かされていったのでしょうか。
奥野 生協をつくったのは牛乳の供給がきっかけです。当時は加工乳が多く今で言う成分無調整牛乳が流通していませんでした。それを流通させようと長野の酪農家の方々から直接生乳を仕入れ、大阪で小さな牛乳製造工場を買い取って、加熱殺菌して組合員に配達しました。夏の間は長野まで野菜を穫りに行ってそれを供給するという仕事もしていました。
こうした経験からも、協同組合運動とは、運動ではなく事業だというのが私の持論です。社会的ニーズのある事業をきちんと興して、それに参画してもらい利用していただくことを通じて、協同組合とは何なのかを学んでいってもらう。協同組合とはこういうものだ、という教育をどれだけやるよりも、実際に利用している人が協同組合があってよかったなという思いを持つことがいちばんだと考えています。
田代 就任会見でも、事業を通じて組合員満足度を高めるJA運営が大切だと強調されるとともに、「話し合い」を重視すると言われましたが、JAグループをどうリードしていこうという所信でしたか。
奥野 わかりやすくするために内側と外側を分けて話しますと、まず内側ではとにかく情報を共有しようということです。
よく言うのは、昔は組織や大衆を支配するには情報を独占することが最大の手段だったということです。だから逆に、情報を公開することは本当に民主的な組織であり、それが組織の力になるということです。黙って俺についてこいではなく、私はこう思います、あなたはどう思いますか、という対話が始まるとそこで組織は大きくなる。それをまず実践しようと、全国6ブロックに分けて組合長さんに参加してもらう機会をつくり、いろいろな話をしようということをやりました。
私は地元の農協の役員になったときから、話し合いが大事だということは言い続けてきました。協同組合とはきわめて民主的な組織であるべきで、どこか一部に情報を握った人がいてその人が組合員を支配するような、そんな構造ではないわけです。主役は組合員です。ですから、できる限り持っている情報は公開する。できる限りみなさんの意見をいただく、そういう相互作用がしっかり回っていればいい組織になる、そう思ってきました。
(写真)奥野長衛・JA全中会長
◆おもねらず主張
田代 もう一方の外側にはどんな基本姿勢をとり何を強調されましたか。
奥野 それは対話です。対決からは何も生まれない、しかし、対話からは何かが生まれる。それで、それまでずっとやってきた集会・デモを、私は対話集会にしました。いろんな意見が出ても反対集会ではありません。6月も日欧EPAで600人ほど参加した対話集会を開きましたが、私は反対集会ではなく対話集会であり、まずは与党の方々がどう考えているかを聞き、会場から意見を出してくださいと話しました。
田代 ただ、われわれから見ると与党議員も官邸には逆らえないということなのか、立派な意見を持っていても貫けないといった隔靴掻痒の感もありますが。
奥野 対話は与党との間だけではなく農水省との間でも同じだと思います。農水省とも敵対する関係ではなく、ともに日本農業をどうするかが問題ですから、しょっちゅう連絡を取っています。それが官邸にも通じていくと思っています。
与党であろうが野党であろうが、やはりわれわれの主張はこうだということをしっかり言っていかないと。
◆再生産可能な農業
田代 TPP関連対策では「息の長い農業政策が必要だ」と言われました。その後、12カ国TPPは遠のきましたが、日EU・EPA交渉ではまさに「クルマとチーズの取引」となったように、通商交渉すれば結局、農業で妥協を迫られる構図が続きかねないという感じがします。「息の長い農業政策」とはどういうことでしょうか。
奥野 工業製品でこれだけ勝ち取ってこなければならないから、その分、農業を差し出すという構図は早くやめたい。逆に日本と農業交渉の話はしたくないというぐらい、日本の農業の力をいかにして強めるか、これがないとこの構図はいつまでたっても変わらないと思います。そのようにわれわれが力を持つまでの、息の長い政策であり、それは再生産可能な農業をつくりあげていくことだと思います。
再生産可能とはどういうことか、たとえて言えば、一人の農民が結婚して子どもが生まれ、その子どもに社会人になるための教育を与え自立させられるという収入が得られることです。
田代 それが農業所得の増大ということだと思いますが、具体的に地域はどういう対応が必要でしょうか。
奥野 日本は南北に長い国ですから、北海道から沖縄まで2000キロ以上になります。やはりそれぞれの風土に合った「適地適産」の農業をしっかり進めていくことが大事だと思います。山河「乱れて」、ではだめですから治山治水もしっかりやっていこうと思えば中山間地域農業も極めて注目されます。そうした総合的な方策が地域、地域に出てこなければなりません。
TPP対策の議論のときに頭にあったのはウルグアイ・ラウンド対策費の6兆100億円です。あれだけの予算を注ぎ込んでどこへ消えたのか。ああいうことだけはしたくない、と。まさに再生産ができるような農業の形態に変えていくための予算、しかも年度ごとの予算ではなく基金として国が用意することが必要ではないかと。それで畜産クラスター事業や産地パワーアップ事業などができた。基金であれば落ち着いてどのようなかたちで農業を変えていけばいいか考えることができるわけです。
(写真)田代洋一・横浜国大名誉教授
◆経営基盤強化も鍵
田代 一方、JAの自己改革についてはどうお考えですか。
奥野 私自身の思いとしては、なぜ今さら自己改革なのかです。私はJAのトップとして3Sを経営方針に掲げてきました。できるだけスリムにする、スペシャリストを育てる、そういう職員がスマートに組合員の要望に応える仕事をしていくということです。それが組合員に1円でも多く成果を返せることだということです。
田代 しかし、そうした努力をしているなか、政府の農協改革は信用事業を代理店化しなければ改革ではないという言い方にまでなっています。
奥野 確かに信用事業はこれから大変な時代に入ります。世界の金融システムそのものが様変わりをしてしまいますから、それに信用事業も合わせていかなければなりません。しかし、だからといって信用事業が農協からなくなる、そんな馬鹿なことはないでしょう、ということです。
農協という組織はまず信用から始まると思っています。ロッチデールがつくった協同組合は消費者協同組合であって本当に農家のためというのはライファイゼンの協同組合でした。これは少しでもお金を貯めようということから始まっており、その意味で信用事業は農協から切り離すことはできないと考えています。
ただ、その前にやるべきことはたくさんあると思っています。もう少し経営基盤をしっかりさせるために、たとえば島根県は1県1JAになり、ほかでも1県1JAをめざしているところもあります。1県1JAではなくても福島県は復興を成し遂げなければならないと4JAになります。それぐらいの規模にならなければ役割が果たせないと考えたのだと思います。もちろん地域で事情は違い、北海道はJAが100以上あり貯金量200億円以下のJAも多い。ところが経済事業でしっかり経営をしている。そういうJAに対してまで信用事業の代理店化という話にはならないと思います。いろいろな土地条件を勘案しながらやっていく、これがいちばん現実と現場に即したやり方です。
◆支店活動を大事に
田代 一方で合併で大きくなったJAが「適地適産」を軸にした農業と地域振興にどう取り組む必要がありますか。
奥野 合併前の本店が支店になるわけですが、その支店での活動を大事にすることが必要だと思っています。それが地域に根ざすということです。大きなJAという存在を考えるのではなく、それを構成している支店での活動を盛んにする、これが大事です。
田代 今後の農協についての非常にはっきりした方向が打ち出されたと思います。では、県中、全中のあり方についてどうお考えですか。
奥野 単協の立場でいつも中央会に言っていたのは、中央会はJAでは得られない情報を持っており、JAがどういう事業を組み上げていくかを提起してほしいということです。
その意味では2年前に全国の県域にJA担い手サポートセンターができましたが、これが新しい芽です。中央会がきちんと指導しながら各連から職員を集める体制をとって運営しています。そこから新しい中央会の道が見えてくると思います。
田代 最後にこれからの農協を担う人に期待をお聞かせください。
奥野 我こそは、我こそはという考えを捨てて、世の中はこういうように動いているんだという大きな目で見てほしいと思います。そのうえでわれわれは何をしたらいいのか、わがJAは何をしたらいいのかという判断基準を持ってほしい。自分の頭で時代の流れをきちんと見据えて思考しないと、本当の現場のいろいろなニーズをくみ取ることはできないと思います。
【インタビューを終えて】
奥野会長のお話は全てが経験に裏打ちされ、そこから「話し合いと事業」の信念が生まれる。「話し合い」には「対決」、「事業」には「組織(運動)」が対比される。協同組合は「話し合いと事業」と「対決と組織」の二つのバランスの上に成り立ってきたが、時代によって振り子は揺れる。全中の(一社)化、TPP合意、「自己改革」を受けた奥野体制は、「話し合いと事業」に振れた2年間だ。それにふさわしいお人柄だった。
しかし時代はまた変わる。今や信用事業の存否が問われ、合併も視野に入れた組織の再強化が求められる。振り子はそちらに振れる。「話し合いと事業」の時代を踏まえて、決断の時をどう乗り切るか。農協陣営の力量が問われる。(田代)
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