JAの活動:農業協同組合に生きる―明日への挑戦―
【座談会 農協人を育み現場を支える】「農」の進化に挑み続ける東京農大2017年7月24日
・「生きるを支える」をキーワードに
・高野克己氏(東京農業大学学長)
・三角修氏(菊地地域農協代表理事組合長)
・白石正彦氏(司会・東京農業大学名誉教授)
東京農業大学は昨年、創立125周年を迎え、さまざまな新基軸を打ち出している。平成29年度はその実践の第一歩を踏み出したところだ。特に新設の生命科学部、地域創成科学科、それに国際食農科学科は自然と生命、農業と地域、それに農業を通じた国際支援のあり方を、新しい視点で捉え直そうとするもので、関係者の期待が大きい。一方、農学研究の精神である「実学主義」を学んだ卒業生は農業を中心にさまざまな面で活躍し、「農大ブランド」を不動のものにしている。髙野克己学長と昭和50年卒業の熊本県菊池地域農協の三角修・代表理事組合長に農大で学んだこと、現場での実践について語ってもらった。
(司会は白石正彦・東京農業大学名誉教授)
新設の学部・学科に 蓄積した知見活かす
白石 創立以来の「実学」の精神をどのように引き継ぎ、実践しておられるか、今の大学の状況と、卒業生の活躍を含めた現場での状況からお聞きしたいと思います。
髙野 今年は、これからの125年に向けた東京農大の第一歩となる年だと考えています。125周年を機に新設した生命科学部はバイオサイエンス学科、分子生命化学科、分子微生物学科の3学科があり、「農学」に「生命科学」を入れたということは、この分野で一つの金字塔を立てたことになるのではないかと思っています。
また、これまで農業は地域や自然といかに共生するかを考えてきましたが、今日のように人工的な環境が増えると、自然と共生するとはどういうことか、そのあり方について、あらためて考える必要があり、研究の見直しをしようということです。
国際関係では、いま世界的に日本の食、和食が注目されていますが、ライフスタイルの多様化で本当の和食が失われつつあるのも事実です。日本はこれまで外国のものをうまく取り入れてきましたが、和食とは何かがよく分からなくなっているように感じます。また、やはり国際食料情報学部に今年度新設した国際食農科学科を中心に生産・食品・食農文化・食農政策・食農教育など多角的なアプローチで、食農の伝統とあらたな発展の可能性を総合的に研究します。
歴史のある本学には、発酵学をはじめとして、食に関して多くの知見が蓄積されています。これを外に向けて積極的に発信し、大学や農学について広く知ってもらおうというものです。
(写真左から)白石正彦・東京農業大学名誉教授、高野克己・東京農業大学学長、三角修・菊地地域農協代表理事組合長
特徴ある研究・教育 3つのキャンパスで
東京農大には東京都の世田谷キャンパス、神奈川県の厚木キャンパス、それに北海道のオホーツクキャンパス(網走市)の3つのキャンパスがあります。それぞれの条件を活かし、特色ある教育・研究をしていますが、本部のある世田谷キャンパスでは、いま新しい研究棟を建設しています。そこに研究室を集め、空いたところに圃(ほ)場をつくる計画です。単なる緑地ではなく、実際に農作物を栽培することで、都市の人に少しでも農業への関心を持ってもらい、次の世代の農業を担う人をつくるための圃場です。
次に厚木キャンパスですが、来年4月に農学部の改組を予定しています。畜産学科は動物科学科に名称変更します。単に家畜を対象とするのではなく、さまざまな動物の持つ能力を多面的な視点で捉え、研究しようというものです。
同じく4月、農学部の中に、生物の多様性を理解し、多面的機能を追究する生物資源開発学科と、農の機能性を利用した製品やシステムを社会に提案するデザイン農学科を新設します。例えば玉虫の羽の色は、溝の切り方で反射角度が変わります。これを応用すると「魔法の色」を人工的に作ることができます。農が持つさまざまな機能を農業だけでなく、人びとの生活の中にも取り入れる研究が、これから必要になると考えています。
北海道は、本学創設者の榎本武揚公が北海道開拓使を務めたこともあり、本学とは縁の深いところです。また地球温暖化が予想されるなかで、これから北海道の農業は重要な位置を占めることになると思います。本学の初代学長・横井時敬先生の言われた「農学栄えて農業滅ぶ」にならないように、オホーツクキャンパスの生物産業学部は北海道農業の発展に、その機能を果たすものと期待しています。
北海道は地名のブランド力があり、これを表に出した教育・研究をするために来年4月から現在の4学科名を北方圏農学科、海洋水産学科、食香粧化学科、自然資源経営学科に変えます。どのような事を学ぶのかを分かりやすい名称にするとともに、農学が地域だけでなく広がりを持った学問であることを伝えたいとの思いからです。
こうした改革姿勢が理解され、本学の受験生は今年、延べ3万5000人となり、過去最高でした。受験生の43%は女性です。また発酵や和菓子などの食品加工に女性の人気があります。
白石 大きく改革を進めておられることを伺いました。次に昭和50年に本学の農業拓殖学科を卒業され、現在、熊本県の菊池地域農協で組合長として、平成28年度には年間販売額287億円(正組合員1戸当たり387万円)の実績をあげ、酪農・肉牛・園芸・耕種など多様な「きくちのまんま」ブランド力を牽引されている三角組合長に伺います。大学で学んで良かったこと、それを現場でどのように活かしていますか。
(写真)高野克己・東京農業大学学長
農業・農協を中心に みんなで地域を守る
三角 本学を卒業後、種苗会社勤務を経て地元で就農し、カスミソウ栽培では全国花卉品評会で最優秀賞を受賞することができ、農協青壮年部活動では仲間と花卉研究会などを立ち上げました。就農するといたるところに〝農大ブランド〟がいる、という印象です。横井先生生誕の地だということもあると思いますが、熊本では農協、県庁などで卒業生の交流会を盛んに行なっています。
農大卒業生ということで、いろいろな形で知り合いができ、JAの役員としてもさまざまなつながりを持ってきました。自分の家で農業だけやっていたら、こうした関係はできなかったでしょう。農業協同組合は、母親がわが子に対するような〝無常の愛〟で、地域とそこで生活する人を大切にしてきました。そのことを大学で学びました。
管内でも、ばりばり農業をやっている卒業生が数多くいます。昨年の熊本地震で、その一人が、被害の大きかった益城町で花を作っており、大きな被害を受けました。そのとき、ハウスの復旧などみんなで支援しましたが、それを契機に、今まで以上に卒業生の結束力が強まりました。ただ最近は、子どもの数が減り、また経済的な理由もあってか、東京の大学まで子どもを出さない親が多くなったようです。もっと農大の魅力を発信する必要があると感じています。
(写真)三角修・菊地地域農協代表理事組合長
農協・自治体と連携 学生の「学びの場」に
白石 髙野学長は、国際・国内的課題も重要ですが、地域を大事にしなければならないと言っておられます。その一つとして本学と農協や地方自治体との連携があります。農大では岩手県の花巻農協、東京都の世田谷目黒農協、長野県の信州うえだ農協などと連携し、事業を行なっていますが、その意義はどこにありますか。
髙野 横井先生は「稲のことは稲に聞け」と言われました。地域のことを考えるなら、地域の人の声に耳を傾けるようにということだと思います。そのことを理解できる人材を育てることが大学の役割です。最近は、都市出身の学生が増えていますが、本学は一般の大学とは違い、地域で農業に困っている人にどう貢献するかという気持ちで入ってくる学生が多くいます。そうした学生には、まず現場を見るようにと指導しています。
現場は学びの場です。そのため農協や自治体と連携し、そこから学び、学んだこと、感じたことを現場へ返す。これが横井先生の言われた「人物を畑に還す」ということです。東京農大の普遍的な使命でもあります。たとえ都会で生活していても、この精神を忘れてはならないと思っています。
先生や学生が地域に行くと地域は元気になります。一例を挙げると、山梨県の小菅村で「源流大学」を開校しています。文科省のプロジェクトですが、小菅村は東京湾に注ぐ多摩川の源流にあり、そこで源流の山林や自然を守ることの意味を考えようというものです。学生の中には、自然の生活の魅力を知り、卒業後に移住する者も出て、村の人口が増えていると村長さんが喜んでいました。
国内だけでなく、国際的連携も積極的に進めています。開発途上国の支援は、こちらから行って支援するだけでは、その人が帰国すると元の木阿弥になることが多くあります。そのため、留学生を受け入れて農大でマスター、ドクターの資格をとり、帰国して国づくりに励んでもらうようにしています。まず指導者づくりです。
国際交流の一つに本学の世界学生サミットがあります。2001年の創立110周年記念事業の一環として「新世紀の食と農と環境を考える世界学生サミット」として始めました。留学生を含む本学学生と海外協定大学の学生など21世紀を担う若者が参集して、人類が直面する深刻な諸問題に関する研究成果の発表や意見交換および彼ら自身の役割について議論する機会を提供します。これまで本学のみで開催していましたが、2年前はタイ国・カセサート大学、昨年は本学、そして今年は台湾の国立中興大学と、日本と外国と交互に開催することとし、真の世界学生サミットとなっています。
(写真)東京農業大学世田谷キャンパス
地域の中で人が育つ 動植物にいやし効果
白石 まさにグローバルな、競争でなく協同で地域を発展させる取り組みですね。ところで菊池地域農協は、月刊の広報誌で子どもや兄弟が楽しく農作業している家族を取り上げています。親が農作業する姿を見て、手伝いながら子どもは育ちます。これが家庭・地域での食農教育です。こうした取り組みは農協でなければできないことです。
三角 農協では毎年、標語を決めて、1年間、役職員の意識統一を図っています。一昨年は「創」、昨年は「挑」で、今年は「育」の一文字にしました。「地域と共に人が育つJA菊池づくり」のスローガンを掲げています。子どもや職員が地域の中で育つということです。
また動植物は人の身体をつくるだけではなく、心を癒(いや)すセラピー効果があります。人は動植物の力によって生きのばされており、農業は生命産業だと言われる所以ですが、この農業の持つ幅の広さ・深さを一般の消費者に分かってもらう活動が必要だと思っています
髙野 その通りです。農業は多くの命(いのち)を育てており、その命をいただくことで生かされています。これはスーパーで食品を手に入れる都会では分かりません。本当のセラピーは飼育や栽培の過程にあります。そのとき、農地はどのような役割を果たしているか、動植物との関係はどうかなどを知るのが本当のセラピーだと思います。今、その視点が抜けています。
(写真)菊地地域農協の飼料用コーン
◆ ◇
白石 菊池地域農協の4か所の直売所のうち3つの「まんま店」の出荷登録者約400名は全員女性部員です。運営も女性で、年間直売額は10億円。1名当たり250万円が各口座に入り女性が元気です。必要なことは、こうした仕組みをつくることだと思いますが...。
三角 農協の女性部、青壮年部は10年、20年後に農協の核となる人材を育てる組織で、積極的に支援しています。また、それぞれの経営を持続するには所得アップのための仕組みづくりが必要ですが、その一つとして牛のキャトルブリーディングステーションを建設中です。国の畜産クラスター事業で約10億円かけ、この9月にオープンします。素牛不足への対策で、乳牛の借り腹で和子牛を確保しようというものです。年間500頭の生産を計画しています。このように生産者に共通する生産基盤をつくることが農協の使命だと考えています。
意外かも知れませんが、管内には40歳以下の後継者が園芸耕種で15%おり、畜産は350戸のうち42%を占めます。こうした若い担い手に期待しています。農業を行う環境に恵まれていますが、これは畜産に限らず、これまで先輩たちが、それぞれの経営が成り立つような仕組みをつくってきたからです。これが菊池地域農協の特徴です。
白石 畜産以外ではどうですか。
三角 園芸耕種部門は約60億円の生産があります。園芸で最近期待しているのは水田裏作のゴボウです。白肌で香りがよく、「春を呼ぶゴボウ」として好評で、1kg平均400円超くらいで、10a60万円ほどの売り上げになります。GI(地理的表示)の取得も申請しています。また畑ゴボウと水田ゴボウの機能性が違うのではないかと思い、調べているところです。
くらしの面では、平成12年から福祉事業に取り組み、有料老人ホームをつくりました。「しっかり農業で頑張った人にお返しする」ことが農協の役割です。地域への貢献で、葬祭と法事のための「法事会館」もつくりました。
白石 こうした福祉事業で、高齢者介護の負担を軽減し、農家の営農を助けているのですね。まさに「一人の百歩より、百人の一歩」。これが協同組合の助け合いです。菊池地域農協はそれを実践し、地域を守っています。これは利益を第一に考える株式会社にはできないことです。それを大学と提携し、実践する人材を育てる。これがまた、「一人の落ちこぼれも出さない」という協同組合の精神だと思います。そこに東京農大の卒業生が活躍しているということですね。
(写真)白石正彦・東京農業大学名誉教授
自らの役割を認識し 時・場所で能力発揮
髙野 人が活躍する場所はさまざまです。大事なことは、その時、その場所で、自分の役割を認識して、その能力を発揮できる人材を育てることだと思います。それは学力だけでなく、「人間」をつくることだと思います。それが教育機関の役割です。
白石 東京農大の世田谷キャンパスで、いま平成31年開校予定で「稲花(とうか)小学校」の建設が進んでいます。農大の精神で小学校から一貫経営しようというものです。北海道オホーツクキャンパスでは、安心安全なオーガニックふぐを育てる研究もしています。
また結氷する前の魚を随時出荷するための休眠法、野生の鹿やイノシシのジビエの研究など、「農」の進化に挑むさまざまな研究が進んでいます。農大はグローバル、かつ地域に密着しながら、教育、研究、それにネットワークづくりにも努めています。農大の「実学」が健在だと分かりました。この精神で菊池地域農協の今後の取り組みに期待します。長時間ありがとうございました。
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