農薬:いんたびゅー農業新時代
トータルコスト低減が農薬の使命【本田卓・日産化学工業(株)取締役常務執行役員(農業化学品事業部長)】2017年8月23日
世界の農薬市場で巨大で強大な企業に伍して、他にはみられない研究開発力を駆使して日本の農薬メーカーが活躍している。とくに日本の水田農業を中心に蓄積されている開発力・技術力は欧米企業にはないものだといえる。自社だけではなく他社の優れた技術も積極的に取り入れているのが、日産化学工業(株)だ。そこで同社の本田卓取締役常務執行役員(農業化学品事業部長)に研究開発の方向などを中心にこれからのあり方を聞いた。
――まず、日本農業の現状と今後のあり方についてお聞かせください。
日本の人口そのものが減ってきていますので、農家の後継者問題とともに農業生産が低迷する可能性はあると思います。私は1997年から5年間ほどヨーロッパに駐在していましたが、イタリアではアグリツーリズムが発展し、農業を農業生産だけではなくて、地域振興の一環としてとらえ、幅広く考えていました。また、ドイツでは都市近郊でクラインガルテンが発達していましたが、そういう方向での地域振興が日本でも広がっていけばいいなと思います。
日本は、素晴らしい観光資源ももっていますから、農作物の輸出振興に加えて、農業を核にして地域全体が持続可能な形になっていけばいいなと前々から期待しています。
◆競争があるからイノベーションできる
――日本の農薬メーカーは、規模では世界トップにはかないませんが、開発力に優れ小さくてもピリッとした存在となり力を発揮していますが、そのなかで御社の強みはどのあたりにあるとお考えですか?
当社には農業化学品に関するコア技術として、精密有機合成と生物評価の二つがあります。これらを活かし、農薬では研究開発・製造から販売まで一貫して行っていることが特長だととらえています。
――競争も厳しいものがあるのでは...
競争があるからイノベーションが生まれるわけで、競争自体は悪いことではないといえます。
そして、当社はライフサイエンスの研究拠点として、物質科学研究所と生物科学研究所を擁しています。物質科学研究所は農薬の研究を行うほか、コーポレートとして物質解析研究部があり、ナノメートルスケールの微細な構造を非常に高度で特殊な装置をもちいて解析しています。さらに、AIを活かした研究についての取り組みも始めています。
生物科学研究所には、生物評価を行う農薬研究部に加えて安全性研究部があって中心は農薬ですが、医薬や生体材料なども含めた全社的な生物評価として、安全性評価や環境中における動態解析を行っています。
こうした長年にわたる研究の蓄積があることが、当社の強みだと思っています。
――農薬に限定せず幅広く研究開発されているわけですね。
研究分野が違っても同じ社内ですので、常にお互いに交流をして自由に議論をしています。もともと当社は研究員の数が非常に多く、社員のおよそ4分の1は研究員です。したがって付加価値の高い製品を開発することが我々の使命だといえます。
――そういう成果として優れた剤を開発される一方で、ラウンドアップのように他社が開発した剤も積極的に取り入れていますね。
ラウンドアップ以外にもそういう事例はありますし、今後も出てくると思います。全社的にもオープンイノベーションといっていますが、すべてを自社でやるのではなく、他社の技術を取り入れたり、当社が他社に貢献することで、イノベーションを生み出していくことも必要だと考えています。
農薬では、他社と化合物を共同で開発したり、研究段階から互いの強みを活かして共同研究することも、いま検討しているところです。相手方に優れた技術があり、日産化学にもユニークな開発につながる技術があると相手方も認識していただいているからこそ、成り立つ話だといえます。
◆韓国・インド・中国を中心に アジアへ注力
――今後開発していこうと考えている方向はどういう方向ですか?
現在の中期経営計画において、事業を進めていく重要な地域はアジアと考えています。そこでは当社が強みを持っている水稲向け農薬、そして野菜、果樹向けの高付加価値な製品を出していきたいと考えています。
――アジアで注目している国とか地域は...?
中国やインドがありますが、とくに水稲除草剤中心に韓国に注力しています。水稲除草剤では日本の技術がほとんどそのまま導入できますので、大きな意味があります。
また、先日公表したようにインドに現地法人を設立しました。これは現地のパートナー会社との連携を強め、現地の情報を直に感じ新たな開発に取り組むとか、すでにある製品についても現地密着型のマーケティング対応ができるようにと考えてのことです。すでに中国や韓国にも現地法人を設立し同様な活動をしています。
――インドでいま中心に普及されているのはどういう分野ですか?
大豆を中心にしたフィールド・クロップ用の除草剤です。インド農薬市場ではこれまでは殺虫剤が多かったのですが、最近は除草剤が伸びています。インドの水稲はこれまで比較的安価な農薬が使われてきましたが、生産性を上げる必要もあり、付加価値の高い農薬の需要が増えてきており今後も拡大が継続する市場と考えています。
――欧米はどうですか?
欧米はパートナー会社をどう選定できるかが重要で、チャンスがあればよきパートナーを選んで仕事をしていきたいと考えています。
◆登録農薬「再評価」海外市場や社会的意義もみて判断
――農薬取締法改正が具体的になってきています。なかでも登録農薬の「再評価」でコストアップし価格が上がったり、生産中止になる剤が出てくるのではと、流通関係者は危惧していますが、メーカーとしてはどう考えられていますか?
まだ詳細が不明確ですので、いまの段階ではっきりしたことは申し上げにくいですが、比較的マイナーで農薬としての市場規模が不十分なものに、さらに多大な投資をして現在の登録を維持できるか、という懸念をもたれるのは当然なことだと思います。
登録制度そのものは、国際調和ということで政府が考えたことですから、それに従っていくしかありません。もっとも懸念されているのは、栽培面積が大きくない作物で使える剤が減るという問題ですが、メーカーとして農業生産への貢献という責任がありますから、経済的な効率だけではなく、そのこともよく考えて判断したいと思います。
自社原体についていえば、海外でも製品化されている製品がほとんどですから、日本だけをみるのではなく判断していくことになると思います。
製造コストを下げる努力をするのはメーカーとして当然なことで、今後もさらに努力をして、できるだけ登録を維持できるようにしていきます。
◆技術とセットで生産者に届ける
――生産コスト低減ということで、価格がいろいろ取沙汰されてますね。
生産コストを低減したいというのは当然のことです。そのなかで農薬の使命はトータルコストの削減への貢献だと考えています。労働負荷や作業時間の削減などに、いままでも農薬は貢献してきましたが、これからもこの使命は重要です。
そのために、きめ細かな技術指導は当然ですが、適用作物を拡大したり、従来のものより付加価値のある新たな製剤を投入することを、継続して行っていくことで、貢献できると思っています。
――生産者やJAの役職員へのメッセージをお願いします。
水田農業は基本だと思いますが、水田畦畔の除草剤としても使われているラウンドアップマックスロードは、現在10aに100Lくらいの散布水量で散布されています。これを10aに5Lと少量にすることで、農家の負担を大幅に軽減したいと考えて、処理量検討や散布装置の改良などトータルな開発を進めていますので、ぜひ、ご期待いただきたいと思います。
このように、ただ製品を作って流通させるだけではなく、使い方を含めて技術とセットで生産者にお届けしなければならないと考えておりますので、これからもよろしくお願いいたします。
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