「貧困」へのまなざしに変化を
◆押し寄せる「絆の原理主義」
経済大国といわれ貧困とは無縁と思われていた日本は現在、非正規雇用労働者が全体の35%を占め、年収200万円以下の労働者は1110万人超、生活保護受給者は210万人以上という社会になっている。
日本の貧困の現状について報告したNPO法人自立生活サポートセンターもやい代表理事の稲葉剛氏(写真)は、生活保護受給者は増加しているものの、実は「日本の低所得者の捕捉率は低い」と指摘した。その要因は「水際戦略」による申請の不受理や、メディアによる報道が生活保護に対する世間の偏見をあおり、窓口に行けない人を助長している点にあるという。
さらに現在、国は扶養義務の強化を検討しており、これは虐待やDV被害などの経験から家に戻れない人のセーフティネットを寸断してしまうことや、家族ごと共倒れという孤立死の増大を招く懸念を強調し、家族では支えきれない現状に対し、その中だけで解決を求めることは「絆の原理主義」だと問題視した。
◆自立サポートの無策が課題
パネルディスカッションでは、地域で生活支援や就労支援などに取り組んでいる4氏がパネリストとして登壇。それぞれの活動を報告する中で、生活支援の次のステップである就労や自立に結びつく仕組みづくりをどうすすめていくかが課題として挙がり、本格的に働くまでの準備段階として就労の場を提供する「中間的就労」の体制強化が強調された。
豊中市就労支援市民協働部理事の西岡正次氏は、市で取り組んでいる就労支援や職業紹介という就労雇用事業について報告した。
同事業ではハローワークを利用して自力で就職できない人の就職支援と就職後、職場に定着するまでの支援を行っている。企業と求職者のマッチングを行い、場合によっては企業側に実習期間を設けてもらうなど、本格的な就職までの「中間的就労」のプロセスを経た丁寧なサポートを行っている。
西岡氏は「日本の中で雇用労働の仕事は国レベルで行われている。そもそもハローワークは就労支援の機関ではなく、労働力の需給調整の機関。ハローワークは一般的な労働市場に出る人を相手にしており、それが難しい人は福祉の方へ回され、福祉の方で働きたいといえばハローワークへ、といわれる」と、これまで日本に就労支援を必要とする人へのサービスがなかったことを指摘した。生活保護受給者の増加によって一般の労働市場に入れない人が増え、丁寧なステップアップによる就労支援が必要とされるなか、中間的な働き方への理解と定着をすすめるためには企業との協力が大事であるとして、企業に入りこんだ支援の仕組みづくりが今後の課題とした。
NPO法人ワンファミリー仙台住居支援班班長の本村博幸氏も「現在最後のセーフティネットが生活保護だけで、職業訓練にあたるような次の公的な“つなぎ先”がないために生活保護に頼らざるを得ない」として中間的就労の必要性を述べた。
◆「労働」のあり方を問い正す
中間的就労の課題とともに労働のあり方についての見直しも課題として示された。
ワーカーズコープ・労協センター事業団埼玉就労支援事業所の下村朋史氏は、「人の成長を支える企業や労働というものが薄らぎ、即戦力を求める風潮がある。半人前でもいずれいろいろな力を身に付けていくことを応援し、支えていくという労働の場がどんどんなくなっているのが実態ではないか。生活保護受給者にはとくにそういった労働のチャンスはなく、何とか食いつないでいくための労働になってしまっている」として、「精神疾患や自殺者を出す労働のあり方自体を問い正さず、生活保護費削減(の観点)で中間的就労(支援に取り組む福祉側の意識)におかしさを感じる。支援が必要な人たちも一緒に働ける場や、そういう人たちだからこそできる新しい仕事を生みだしていかないと根本的に(貧困問題は)解決しない」と述べた。
稲葉剛氏による講演のなかで若年層の貧困の増加が指摘された。その要因のひとつは過労による精神疾患。現在20〜30代の若者に過労死や過労によるうつ病の発症が増加しているといい、現在の労働市場自体が“働けなくなる若者”を生み出し、生活保護受給者を増大させているという労働のあり方の問題がここでも示された。
コメンテーターを務めた埼玉県立大学保健医療福祉学部社会福祉学科教授の長友祐三氏は「貧困、不平等という現状の中で、誰もが平等に働ける社会をめざすことが就労支援のひとつの目標。生活保護費の削減のために労働を考えるのではなく、『ともに働く』という考え方で支援する社会の形成が大事ではないか」と述べた。
稲葉氏も貧困問題について「かわいそうな人をどう救済するか」ではなく、「私たちの社会をどうつくっていくか」という社会の選択として捉えるべきだと述べ、貧困に対する意識やまなざしの変化が必要であることを強調した。
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