問われる将来の食料生産力 農業犠牲の交渉でいいのか【田代洋一・横浜国大名誉教授】2018年5月23日
・白書が示す「光」と「陰」
政府は5月22日の閣議で平成29年度の「食料・農業・農村白書」を決定した。今回は若手農業者に焦点を当てた分析と、食料需要が国内では人口減で縮小する一方、海外では増加していることを説明しており、「海外も視野に入れた農業の実現が1つの鍵を握ることを示した」と齋藤農相は強調する。この白書をどう読み、何を理解すべきか。田代洋一横浜国大名誉教授は「光」と「陰」に注目する。
◆若手農家の発展性
昨年の白書は政策宣伝臭が強かったが、今年の白書は、センサス組替集計やwebアンケートを通じる「若手農家」の分析で特集を組み、農業産出額2年連続増加などの明るいトピックスをとりあげるなど精彩を取り戻した。
白書の眼目は最先端と基層の両側面から「動向」を分析することにある。最先端の明るい部分にスポットを当てるのは結構だが、基層における「影」も忘れてはなるまい。
白書の構成は、トピックス4つ (産出額の2年連続増加、日EU・EPA、明治150年、農泊)が冒頭にまとめられた点を除けは、昨年と変わらない。そこで特集やトピックスに焦点をあてて紹介・コメントする。
◇ ◇
白書は「次世代を担う若手農業者の姿」に焦点を当てた。そのうち水田作経営の「若手農家」と「非若手農家」を比較すると表1(白書本文P8の図表11)のごとくである。「若手農家」は「49歳以下の基幹的農業従事者がいる農家」と定義されるので、「非若手農家」には、壮年専業農家、Ⅱ兼農家、高齢農家など様々な農家が含まれる。若手・非若手の間には面積で10倍、労働力で20倍、農業所得で36倍の差があるので、非若手の多くは高齢農家かも知れない。
若手農家はこの10年間に面積規模を水稲・畑作で1.5倍、露地野菜や畜産で1.2倍に増やしている。常雇い農家は05年の5.3%から12.6%に伸びた。白書は表1から、<固定資産装備率アップ→労働時間短縮→規模拡大・農業所得増>という経路を描いている。
表1から計算すると、時間当たり農業所得は若手1516円、非若手382円で4倍の差、農業固定資産単位当たり所得で3.3倍の差、10a当たり所得では2.4倍の差だ。これだけの差をつけるのに10~36倍の投入増が必要なわけで、政策がそれをいかに支援しうるかが白書の課題である。
◆若手農業者の意見
アンケートによると、若手にとっての農業の魅力は、「裁量の自由度」「時間の自由度」「自然や動物相手」が多い。販売金額1千万円未満では、「時間の自由度」が「食料供給の社会的責任」を上回るが、1千万円以上では逆転し、販売金額が大きくなるほど「社会的責任」が増える。「個人の好み」から「食料生産の担い手」の自覚への変化といえる。
「伸ばしていきたい農業生産の方向」では、単収向上が71%、次いで高品質化53%、規模拡大42%である。「伸ばしていきたい販路」は直売が58%で群を抜き、外食・中食、自営外の直売所が各20%台と続く。
白書は、農業の方向として法人化・輸出・IoTを強調するが、若手は国内市場の深掘り志向で、輸出もIoTも8位と低位である。アンケートは説教するためでなく、まず若手の思いに寄り添い、それをどう支援するかだ。法人に雇用されている若手は、勤務先の給与・研修機会・労働時間で「不満」・「やや不満」が30%を超し、残業手当は「不満」が23%を占め、それらの改善が必須である。進路希望では、勤務先の経営者・独立就農・実家継承といった担い手志向は計53%にとどまり、法人のインキュベーター機能を強めたい。
◆若手農家 配偶者は?
表1では、若手農家は農業専従者2名を擁するので父子経営や夫婦経営なのだろうか。家族構成等は分からない。そこで澤田守(農研機構)論文から図1を引用した。これは同居農業後継者のデータで、若手農家と定義が異なるが、専業農家の49歳以下については重なる部分があろう。
注目すべきは二点。第一は、35~49歳では、専業農家の方がⅡ兼農家より有配偶率が10~35ポイントも低いこと、第二は、5年ごとに有配偶率が落ちていること、である。これは(一部の)若手の「影」が濃くなっていることを意味する。
若手農家の常雇い率は高く、またアンケートで経営の課題としては労働力不足が47%と群を抜いていた。家族構成の弱み、自家労働力不足がその一因かもしれない。
せっかくの組替集計なのだから、「陰」も見つめて対策を講じる必要がある。
◆農業産出額の増加 食料自給率の低下
農業産出額が2年連続して増加した。2014年と16年を比較すると、野菜、畜産、米が各3~4千億円増加している。その一つの背景は農業の交易条件指数(農産物価格指数/農業生産資材価格指数)の改善だ(図2=「白書」本文P108図表2-1-1)。これらは明るい面だが、産出額増が主に価格に支えられていることを意味する。
では生産量の方はどうか。この10年間に畜産は6%増えたが、果実は9%、米・野菜は各6%減った。つまり産出額増という光の影に生産減退という陰りがある。
同じく量に関わるカロリー自給率は2016年から38%に落ちた。3月の審議会でも45%目標実現に向けた具体策等が厳しく求められたが、白書の叙述は大きく変わらなかった。
変わったのは「農産物の輸出とともに農業生産が拡大することで、食料自給率の向上につながる」とした点だ。国内人口が減少傾向をたどるなかで、輸出が随所で強調されているのが今年の白書の特徴だ。
自給率=<国内生産/国内消費>だから、輸出が増えれば自給率は高まる。輸出を「自給」に加えるのは、「いざという時に国内消費に回せる」という理屈だろう。しかしWTO農業交渉の「日本提案」(2000年)は「輸出国の輸出数量制限が野放しなのは不公平だ」、すなわち自国の都合で輸出制限するなと主張した。輸出も自給に加えるのはその主張に反する。
「TPP関連政策大綱」でも「輸入品からの国内市場の奪還、輸出力の強化」の順序だった。まずは「国内市場の奪還」だ。前述のように若手農家の「伸ばしていきたい方向」でも輸出は低位だった。「活力創造プラン」(2013年版)は10年後に米生産費60kg当たり9600円をめざした。現在のコメ輸出価格の攻防は7000円とも言われ、厳しいものがある。
◆自給率か自給力か
白書は、食料自給力(全農地で米・小麦・大豆あるいはいも類を生産した場合のカロリー自給率で示す)が一貫して低下していることに「国民の理解を深めていくことが重要」とした。白書は「動向」では自給率・自給力の順に叙述しているが、「平成30年度施策」では自給力・自給率と逆転させている。自給力重視への転換なのだろう。
しかし「自給力」=面積×単収であって、そこには輸出入の要素が入らず、「自給」を論じるには不十分だ。「国民の理解」を求めるには、概念や指標をもっとみがく必要がある。
関連して白書は「TPP11は、TPPのハイスタンダードを維持する観点から、物品市場アクセスに関するものを含め、各規定の修正は行わないこととしています」としている。結果、アメリカが抜けても農産物の輸入枠やセーフガード発動の水準を変えなかった。ということは「ハイスタンダードを維持する」大義名分で、またしても農業を犠牲にしたということではないか。
◆記述薄い農協改革
白書は、1県1JAが4つになり、山口・福井がそれに続くとしているが、それで何を言いたいのか不明である。また農協改革に関するアンケート調査で、購販売の見直しや組合員との話合いを「開始した」の回答が増えているが、農協と農業者との間には40~50ポイントもの差があり、「組合員への取組の成果の還元が急務」だとした。
しかし、対象とした農業者とは認定農業者等であって「組合員」一般ではない。改革に邁進している農協としては不満が残る。信用事業が改革の焦点になっているが、白書はそもそも農協・農村金融の分析が皆無である。
◆政策大転換に向けて
2018年から国は米生産数量目標の配分を行わず、米直接支払交付金も廃止する。生産調整の深堀による需給・米価回復、米直接支払による雇用経営の賃金支払いの確保などが2017年の「明るさ」の光源だった。それが消える。米需給調整について白書は専ら農業再生協議会に期待しているが、国家カルテルの廃止は何をもたらすか。政策大転換の時、次年度白書は正念場をむかえる。
(関連記事)
・若手農家 規模拡大-「農業白書」を閣議で了承(18.05.22)
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