乳価暴落招く指定団体廃止(下)2018年2月25日
「畜産経営の安定に関する法律」(畜安法)の一部改定が行われ、「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」が畜安法に取り込まれ、補給金交付制度が恒久化でき、指定団体の機能も維持された、という評価もあるが、それは一面的である。改定畜安法の施行を前にして、再度、その本質的問題点を2回にわたってまとめておこう。
◆欧米の酪農政策との極端な格差
欧米では、牛乳を守ることは国民の命を守ることだとの認識があるように思われる。酪農は世界で最も保護度が高い食料部門だと言われているが,その理由について筆者の米国の友人のコーネル大学教授は,「欧米で酪農の保護度が高い第一の理由は,ナショナル・セキュリティ,つまり,牛乳の供給を海外に依存したくないということだ」と言っていた。同様にフロリダ大学の教授も,「生乳の秩序ある販売体制を維持する必要性から,米国政府は酪農をほとんど電気やガスのような公益事業として扱っており,外国によってその秩序が崩されるのを望まない」と言っていた。つまり,国民にとって不可欠な牛乳は絶対に自国でまかなうという国家としての断固とした姿勢が政策に表れている。
カナダの牛乳は1リットル300円で、日本より大幅に高いが、消費者はそれに不満を持っていない。筆者の研究室の学生のアンケート調査に、カナダの消費者から「米国産の成長ホルモン入り牛乳は不安だから、カナダ産を支えたい」という趣旨の回答が寄せられた。 生・処・販のそれぞれの段階が十分な利益を得た上で、消費者もハッピーなら、高くても、このほうが持続的なシステムではないか。つまり、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」の価格形成が実現されている。
カナダでは酪農の指定団体にあたるMMB(ミルク・マーケティング・ボード)に酪農家が結集しているから、寡占的なメーカー・小売に対する拮抗力が生まれ、こういう価格形成ができている。カナダではMMBを経由しない生乳は流通できない。そうしないと法律違反で起訴される。酪農団体とメーカーはバター・脱脂粉乳向けの政府支持乳価の変化分だけ各用途の取引乳価を自動的に引き上げていく慣行になっており、実質的な乳価交渉はない。
米国では、連邦ミルク・マーケティング・オーダー(FMMO)で、酪農家に最低限支払われるべき加工原料乳価は連邦政府が決め、飲用乳価に上乗せすべきプレミアムも2600の郡別に政府が設定している。さらに、2014年から「乳代-エサ代」に最低限確保すべき水準を示して、それを下回ったら政府からの補填が発動されるシステムも完備した。 さらに、米国もカナダもEUも、政府による乳製品の買い上げによる需給調整と乳価の下支え制度を維持しているが、我が国は、今回の法改定で、こうした政府の役割を名実ともに廃止した。
◆反面教師の英国
反面教師はMMBを解体した英国だ。酪農家が分断され、大手スーパーと多国籍乳業とに買いたたかれ、乳価が暴落し、酪農家の暴動まで起きた。MMBが1994年に解体された後、それを引き継ぐ形で、任意組織である酪農協が結成されたが、その酪農協は酪農家を結集できず、大手スーパーと連携した多国籍乳業メーカーとの直接契約により酪農家は分断されていった。 酪農協からの脱退と分裂が進んで市場が競争的になっていく中で、2000年に欧州大陸の乳製品価格が高騰した当時でも、英国の乳価のみが下落を続け、余乳の下限下支え価格であるIMPE (EUのバター、脱脂粉乳介入価格見合い原料乳価)水準にほぼ張り付くようになった。
◆今後の課題
一方の市場支配力が強い市場では、規制緩和は、一方の利益を一層不当に高める形で市場をさらに歪め、経済厚生を悪化させる可能性があり、理論的にも正当化されない。 つまり、市場支配力が存在する市場では、正しい処方箋は規制緩和ではなく、一方に偏る利益を是正するために、
(1)取引交渉力を強化できる共販組織
(2)政策的なセーフティネット
が正当化される。
先述のパワーバランスの試算でも明らかなように、現状の指定団体の存在下でも、乳価形成力はとても十分とは言えない。カナダのMMBのように、独占禁止の適用除外法に基づき、法的拘束力でMMBへの生乳全量出荷が義務付けられ、メーカーへの乳価の通告、プラントへの配乳権を付与されており、メーカーは不服申し立てができるだけになっているのとは、乳価形成力が圧倒的に違う。
EUでは、寡占化した加工・小売資本が圧倒的に有利に立っている現状の取引交渉力バランスを是正することにより,公正な生乳取引を促すことが必要との判断から、2011年に打ち出された「ミルク・パッケージ」政策の一環として、独禁法の適用除外の生乳生産者団体の組織化と販売契約の明確化による取引交渉力の強化が進められている。 頻発するバター不足の原因が酪農協(指定団体)によって酪農家の自由な販売が妨げられていることにあるとして、「改定畜安法」で酪農協が全量委託を義務付けてはいけないと規定して酪農協の弱体化を推進する我が国の異常性が際立っている。本来、我が国こそ、こうした生産者組織の強化が目指されるべきなのである。
しかるに、改定畜安法は成立してしまい、(1)が逆に弱体化されることになった。したがって、(2)のように、競争条件の悪化を是正するための政策をセットにすることが最低限不可欠であることを主張すべきである。
2018年度から導入される収入保険に酪農も加入できることになっており、我が国では、収入保険を経営安定対策かのように提示しているが、これは過去5年の平均収入を補填基準収入の算定に使うので、稲作や酪農のように価格や収入が規制緩和や貿易自由化で趨勢的に減少していく場合には、所得の下支えにはならない。最低限必要な所得が基準とされず、下がった収入を順次基準にしていくのだから、基準収入が減り続ける「底なし沼」であり、所得の「岩盤」たるセーフティネットではないのである。
せめて、肥育牛・養豚経営で実施されている「マルキン」(四半期ごとの家族労働費を含む生産費と市場価格との差額を補填)のような仕組みや、米国のような「乳価-飼料価格」の最低限のマージンを補償する仕組みの導入が正当かつ不可欠である。「省令で歯止めをかけてくれるはずだから、騒がないほうがよい」といった「水遁の術」に徹するのは、事態の改善にはつながらないと思われる。
※この記事の前半は、乳価暴落招く指定団体廃止(上)をご覧ください。
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鈴木宣弘・東京大学教授のコラム【食料・農業問題 本質と裏側】
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