農薬:いんたびゅー農業新時代
高機能な新規剤提供で世界の農業に貢献【谷 和功・三井化学アグロ(株)代表取締役社長】2017年12月28日
日本の農業、農薬業界が大きなターニングポイントにさしかかる中、農薬企業の在り方が今、改めて問われている。より高機能な新農薬を持続的に開発・製品化していくには、莫大な研究開発費用がかかる。これに対し生産現場では、薬剤抵抗性問題を乗り越えていくために、既存剤とは異なる作用機作を持った新規剤への期待が高まる一方だ。農家のニーズに対応した新規剤を開発・製品化し安定的に供給することによって、いかに農業の生産性向上に役立ちトータルコストの低減に貢献していくのか、三井化学アグロ(株)の谷 和功社長に事業戦略を聞いた。
◆持続的な新規剤の上市で農業に貢献
―日本の農薬開発の歴史の中でも、御社はエポックメーキングな新規剤を数多く創成されてきました。
2017年は当社がこれまで開発・上市した製品のうち、エトフェンプロックス、商品名でいうとトレボンが発売30周年を迎え、同様に殺菌剤ネビジン(一般名:フルスルファミド)25周年、殺虫剤スタークル(同:ジノテフラン)15周年と相次いで周年記念を迎えることができました。それだけ長きにわたり生産現場、農家の方々に使っていただいているという証であり、安全・安心で高品質な農作物の生産に貢献できているものと自負しています。一方で農薬取締行政改革の一環で再評価制度の導入が予定されており、長年ご愛顧いただいているこれら原体も再評価の対象となっております。当社は重要な課題としてこの問題に取り組み、農家の皆様、さらには消費者の皆様にご迷惑をおかけしないよう、再評価を乗り越えて、製品の提供を継続していきたいと考えております。
(写真)谷 和功・三井化学アグロ(株)代表取締役社長
―その一方で新規剤の研究開発コストは年々膨らんできています。
新規剤1剤を開発・製品化するには、約10年の期間と約100億円の費用がかかるといわれてきました。これが最近では、欧米の大手農業企業、マルチナショナルカンパニーによるグローバル剤1剤の開発コストは300~400億円とまでいわれるような時代となりました。
マルチに比べ、当社は小粒ではありますが、それだけにより効率的な研究開発を進めていかなければなりません。自力で生き残っていくためには、持続的な研究開発力の強化がますます重要になってきていると考えています。
◆AI・深層学習導入で研究開発の効率アップ
―効率的な研究開発とは、具体的にどのような方向性でしょう。
日本の農薬企業の創薬力は世界的にも高く評価されていますが、これからの創薬にはさらに人工知能(AI)が導入されるとみています。AIといっても初期のイメージのものではなく、ディープラーニング(深層学習)のことです。当社でもすでにIT企業とともに検討を進めています。どのような化合物が有効だったのか、分子骨格や側鎖はどうだったのかなど、過去の知見をAIに学ばせ、それを上手く使いこなして自分たちのアイデアを加速していかなければなりません。AI・ディープラーニングはまちがいなく、研究者の有力ツールのひとつになっていくでしょう。ただ製品化にこぎつけるには創薬だけにとどまりません。創薬の後には、生物評価、毒性試験、安全性試験、環境影響評価などが必要ですし、製剤技術も重要な鍵を握ります。こうした分野を含め、研究開発力全体の体制強化を進めていきたいと考えています。
―日本農業に向けた研究開発のベクトルはいかがでしょう。
日本では水稲が一番大きな作物になります。当社は水稲分野で長い経験と実績を持っており、独自の強みを発揮できる分野だと考えています。
具体的に2016年には、いもち剤のトルプロカルブを上市し、混合剤を含めて剤型のラインナップを拡充しているところです。2017年には、水稲用除草剤シクロピリモレートを登録申請しました。
新規殺虫剤ブロフラニリド(ブロフレア(R))については、2017年に日本で登録申請伺いを提出、米国、インド、韓国においても登録を申請し、グローバル剤として開発を進めています。さらには、畑作・園芸剤の開発も重要と考えています。これらに加え2025年までには幅広い作物に効果があるグローバル殺菌剤キノフメリンと新規動物薬を含め、合計5剤の新規剤を製品化していく計画です。
これらの新規5原体はすべて新しい作用機作を持っています。とくにブロフラニリドは、世界農薬工業連盟のIRAC(殺虫剤抵抗性管理委員会)で審議していただき、全く新しいグループ30の分類となりました。島根大学との共同研究の成果がこれにつながりました。またブロフラニリドは、マラリアを媒介する蚊の駆除に高い効果を発揮し、ベクターコントロールの分野でも貢献できます。今後の新規剤については、農業分野はもちろんですが、国内外を問わずシロアリやペストコントロール、ベクター、ペットなどの分野にも幅広く展開していきます。
◆国内に軸足おき、海外事業の戦略を強化
―生き残りには、海外戦略も重要になります。
当社を含め、日本の農薬企業が第一に軸足を置くのは国内の農業、農家の皆様です。しかし、持続的に新規剤を開発・製品化していくためには、事業戦略として海外展開も併せて強力に進めていかなければなりません。ただ当社の規模では、自社のみでグローバルにすべての新規剤を開発していくのには限界があります。世界の農薬市場を鳥瞰すると、マルチナショナルカンパニーが強いのは地域的には欧州、北米、南米であり、作物でみるとムギ、ダイズ、トウモロコシなどのメジャー作物です。
これに対してローカルカンパニーが強いのは日本を含むアジアであり、水稲、果樹、野菜などの作物となります。当社は世界各国各地域の農業、農薬の市場性を見極め、それぞれ最適なパートナーと組んで共同開発、販売戦略を展開しています。海外市場をにらみ、ペンチオピラドについてはデュポン社と共同開発しましたし、ブロフラニリドについてはBASF社と共同開発を進め、2017年11月には商業化契約を締結するに至りました。またローカルでは、独自にタイ、インドネシア、インド、ブラジルなどで現地企業に出資するなどの形で拠点を構築しています。いずれにせよ、新規剤を持続的に開発・製品化し、その剤が現地の農業に貢献するものでなければ拡大はあり得ません。
―2050年には世界人口が90憶人を超えると予想され、その食料生産を支える農薬需要が高まるといわれます。
拡大基調だった世界の農薬市場はここ2年ほど停滞気味ですが、今後の世界的な人口増ともなう食料増産の必要性に立てば、中長期的にその市場規模は着実に伸びていくとみています。親会社の三井化学は、事業活動を通じて目指す未来社会の姿として、健康・安心な長寿社会の実現、地域と調和した産業基盤の実現、環境と調和した共生社会の実現の三つを掲げています。
これを三井化学アグロの事業活動に翻訳すると、例えば一つ目の健康・安心な長寿社会の実現は、食は健康・長寿の根源につながり、さらに"食"は安全・安心な食料生産、世界人口の増加に対応する食料増産、人口減少・高齢化等の課題を抱える日本農業の強化へとつながります。また、地球環境の維持にも貢献していかなければなりません。これは国連が掲げる持続可能開発目標(SDGs)とも重なるものです。当社は農薬を通じて日本の農業、世界の農業に貢献し、こうした社会課題の解決に努めていきます。
◆JAは農家と企業との太いパイプ役に
―お話しの通り、日本農業は人口減少・高齢化などを背景に難問を抱えており、競争力の強化が叫ばれています。
強化すべき競争力には価格と品質、二つの側面があると思います。農薬は生産性の向上、収量の増加、省力化などで前者に、また安全・安心で高品質な農作物の生産という点で後者にも、ともに大きな役割を果たしてきました。当社はより高機能な新規剤の提供を通じて、愚直にこれを継続していきます。
価格競争力の強化では、大規模化やAI・IoTを駆使したスマート農業によりコストダウンを図る方向性があり、例えば大規模面積に適した無人ヘリに対応した農薬の製品開発を進めてきました。
一方、小規模で多品目の農作物を生産する耕作地がなくなるわけではなく、このような条件下の農薬散布では今後、ドローンが活躍していくでしょう。より軽量ですむドローン向けの農薬製剤の開発も進めています。
農業はまた、農作物の生産だけでなく、洪水防止や土壌侵食の防止、気候緩和、やすらぎなど多面的な機能を果たしていることを忘れてはいけません。棚田や中山間地などの多面的機能を担っているのは中小規模の農家です。農業を取り巻く環境が大きく変わり、厳しさを増す中、中小規模の農家が栽培技術や資材供給、経営面で、まず頼るのはJAであり、その役割は、今後ますます重要になります。農家と我々のような農業関連企業とをつなぐ太いパイプ役を従来にも増して果たしていただきたいと考えております。
(本コーナー:いんたびゅー農業新時代のこの他の記事)
・生産性向上の研究開発に投資【スバーシュ マーカド・BASFジャパン(株)農薬事業部執行役員 事業部長】(17.12.19)
・農業現場の課題に応え 新たな時代を【上園孝雄・協友アグリ(株)代表取締役社長】(17.09.21)
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